2009年01月17日

第13回 3団BVS隊長の巻

「なが〜い お付き合い」


 隊長数珠つなぎ。とうとう回ってきましたか。何を書いたら良いのか悩みます。みなさん文章がうまいですからね。スカウト時代の思い出。指導者になった経緯。思い出のキャンプ・・・。悩んだ末、小寺正人さん(現豊中第3団育成会長)とのお付き合いについて書かせて貰います。
 私が12歳ボーイ隊で中学1年生の時、大阪ではお祭り騒ぎでした。そうです大阪万博が開催されていたのです。1970年8月に全国のボーイスカウトが集ってロープ回し、手旗での人文字など「お祭り広場」で大会が行われました。
 私もこの大会に参加することが出来ました。そしてフィナーレは参加者全員が入り乱れてのドンチャン騒ぎ。そのとき誰かに肩車をしてもらい写真を撮ってもらった記憶がありました。その肩車をしてくれた人が当時シニア隊の小寺さんでした。
 なぜその人が小寺さんだってわかったのか。私が18歳の時BS隊の副長捕となり、あるリーダー会議の席でなぜかこの大阪万博の話題になりました。私が「誰かに肩車をしてもらって写真を撮ってもらったよ。」って言ったら、そのとき隊長だった小寺さんが「誰かわからんけど、かわいい子を肩車して写真を撮ったぞ。」と言って押し入れからアルバムを引っ張り出してきました。
そこに写っていたのは、まぎれもなく私でした。
 小寺さんとはそれ以来33年間同じ3団で指導者としてスカウト活動を続けています。その当時のBS隊の指導者には、今も一緒に活動を共にしている河合さんや吉田さんもいます。もう少し、さかのぼると私が3団に入団して初めてのカブ隊(当時年少隊)の舎営が岡山の下津井でした。その時のデンコーチが小寺さんだったそうです。吉田さんもその舎営に参加されていました。そのときの記憶はありませんが。当時カブ隊は8組編成でしたから無理もありませんね。でも小寺さんとのお付き合いはこの舎営から始まっているのです。1965年43年前のことです。
 私も50歳をこえましたが、人生の大半を小寺さんや河合さんと共にスカウト活動を続けてきました。こんな「なが〜い お付き合い」ができる活動が他にあるでしょうか。
 小寺さんは今もBVS隊副長として私を支えてくれています。皆さんも同じことを感じているとは思いますが、少年野球、サッカー、クラブ活動、塾、様々な理由でボーイスカウト活動から去っていくスカウトは数多くいます。残念なことです。
 私の娘(美希)もビーバー隊から入団して昨年から副長捕として活動を続けていますが、今までスカウト活動をしながら習字、そろばん、ダンス、ピアノ、アイススケート、吹奏楽、射撃、アルバイト、恋愛、ありとあらゆる習い事、クラブ活動などをやってきました。途中何度もボーイスカウトをやめたいと言っていた美希は言っています。「ボーイスカウトを続けてきて良かった。」と継続は自信に繋がっています。
 最後にもう一度言います。「なが〜い お付き合い」それができるのがボーイスカウト活動です。素晴らしい活動です。
      
豊中第3団BVS隊隊長 則次 亮介

posted by 事務局 at 10:27| 大阪 ☀| Comment(0) | リーダー数珠つなぎ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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